夕方、特別に忙しかったわけでもないのに、なぜか頭がずっしり重い。晩ごはんの献立も、明日の保育園の持ち物も、「決める」だけでどっと疲れてしまう——そんな日はありませんか。私自身も、産業医としての面談と、家庭での献立や持ち物の準備、どちらも「決める」仕事だと感じる日があります。今日は、この「決断疲れ」の正体を、最近の脳科学の研究をヒントに一緒に見ていきたいと思います。
面談も献立も、実は同じ「決める」という仕事
産業医の1日は、朝から面談・書類確認・職場巡視・報告書作成と、性質の違う「決める」場面の連続です。「この人は今どの程度配慮が必要か」「この所見は主治医に確認すべきか」——ひとつひとつは小さくても、判断の総量は驚くほど多くなります。面談の中でも、「特に大きな出来事があったわけではないのに、なぜか何も考えたくなくなる」という声を聞くことは少なくありません。これは働く親であれば誰にでも起きうることで、朝の身支度から始まり、保育園の準備、仕事の優先順位づけ、夕方の献立、寝る前の明日の段取りまで、1日に数えきれない「決める」を積み重ねています。意志が弱いからでも、集中力が足りないからでもなく、判断そのものが脳にとって“消耗する作業”だからだと考えられています。
手術室の外科医の脳で分かってきたこと
2026年に発表された研究では、手術中の外科医の脳の働きを調べ、手術時間が長くなり細かい判断(マイクロディシジョン)が積み重なるほど、判断を担う前頭前野(prefrontal cortex)に負荷が蓄積していくことが示されました(Frontiers in Health Services, 2026年掲載)。神経伝達物質のバランスや脳のエネルギー消費の変化も関係していると考えられており、実際に手術の後半になるほど、手術時間が延びたり、合併症のリスクが上がったりすることも報告されています。また別の系統的レビューでは、判断を重ねた医療者は感情的に距離を置きやすくなり、慎重な検討より「いつも通りの選択」に流れやすくなる傾向が指摘されています(2025年発表)。看護師を対象にした調査でも、緊急対応が続く現場での決断疲れが報告されており、この現象は特定の職種に限った話ではなさそうです。手術という極端な状況の研究ではありますが、「小さな判断を積み重ねるほど、脳のその部分が消耗していく」という仕組み自体は、面談を重ねる日や、育児で細かい判断が続く日にも、同じように働いていると考えるのは自然なことだと思います。もちろん個人差はあるので、あくまでひとつの見方として捉えてください。
「疲れ」ではなく「戻せる状態」だと分かってきた
同じく2026年の別の研究では、この決断疲れは固定的な燃え尽きとは違い、休息によって回復しうる「可逆的な状態」として位置づけられています(Frontiers in Health Services, 2026年掲載)。つまり、「もう決められない」と感じるのは能力や根性の問題ではなく、脳が一時的に休息を必要としているサインだということです。この視点は、私自身も面談をしていて救われる感覚があります。可逆的ということは、短い休息をこまめに挟むだけでも、判断の質はある程度取り戻せるということでもあります。面談の合間に何も決めなくていい数分をつくる、夕方は献立を“決めない”日を先に用意しておく、といった小さな対策に、ちゃんと意味があるのです。
今日からできること
今日、何か1つでいいので「決める」を減らしてみてください。朝ごはん内容は固定にする(ただし栄養は考えて!)、晩ごはんを先にパターンだけ決めておく、明日着る服を今夜のうちに出しておく、通知が多いアプリは通勤中に一度だけまとめて見る、家に帰ってから5分だけ何も決めない時間をつくる——それだけで、脳の同じ部分を使う回数を減らせます。完璧に判断力を保とうとしなくて大丈夫です。